音楽制作において、ボーカルレイヤリングほど繊細で奥深い技術はありません。私はプロのトップラインプロデューサー(ボーカルの作詞作曲、レコーディング、ミキシングを生業とする仕事)として10年近く活動してきましたが、バランスの取れたパワフルなボーカルスタックが完璧に仕上がった瞬間の心地よさは言葉では言い表せないほどです(ヒント:本当に最高です)。
ボーカルレイヤリングは、単に技術的なスキルを習得するだけのものではありません。それ以上に重要なのは、思考プロセスと、各レイヤーに注ぎ込まれる細部へのこだわりです。この記事では、私が実践している定番のボーカルレイヤリング手順と、長年の失敗や成功、「嬉しい偶然」から学んだ貴重なヒントやテクニックをご紹介します。
このチュートリアルを読み終える頃には、このようなサウンドを生み出すボーカルレイヤリングの手法をしっかりと習得できているはずです:
セクション一覧:
先進的なモジュレーション機能とクリエイティブなボーカルサンプルを融合した表現力豊かな音源、Vocal Colorsを使って一緒に進めましょう。
ボーカルレイヤリングとは?
ボーカルレイヤリングとは、ミックス内でボーカルを重ねて厚みと存在感のあるボーカルセクションを作り出す手法のことです。複数のボーカル録音(または「テイク」)をミックスに配置し、奥行き、立体感、個性を加えていきます。
各ボーカルレイヤーには通常、同じボーカリスト(または複数のボーカリスト)が歌う同一パートや異なるパートが含まれ、それらをミックスすることでまとまりのある魅力的なサウンドを生み出します。
ボーカルレイヤリングでは、リードボーカル、ハーモニー、バッキングボーカル、さらにはアドリブなど、複数のボーカルトラックを重ねます。その目的は、楽曲の深みとエモーショナルなインパクトを高めることです。プロデューサーは様々なボーカルアレンジ、エフェクト、プロセッシングを試しながら、個性的で説得力のある音像を構築できます。
現在制作中のトラックから、レイヤーを施したボーカルを聴いてみましょう。
ボーカルを重ねる最適な方法は?
ボーカルを重ねる最適な方法は、リードボーカル、ハーモニー、アドリブなど、それぞれ明確な役割を持った複数のボーカルトラックを録音することです。これらのレイヤーを丁寧に配置し、音量やパンニングを調整しながら、リバーブやEQなどのエフェクトを適切にかけることで、リッチでバランスの取れたボーカルサウンドが完成します。
大切なのは試行錯誤を重ねることであり、それによって楽曲を引き立て、演奏全体に奥行きと感情をもたらす最適な組み合わせを見つけることができます。単に録音できるからといって、大量のボーカルテイクを無秩序に重ねてはいけません。複数のボーカルレイヤーをいつ、どのように、なぜ重ねるのか、常に明確な目的を持つようにしましょう。
ボーカルレイヤリングの手法は、楽曲のニーズに応じて様々です。言うまでもなく、アメリカーナフォークの楽曲でボーカルを重ねるプロセスは、EDMのバンガーでボーカルスタックを作成するプロセスとは少し異なります。ボーカルレイヤリングに「万能の正解」はありませんが、押さえておくべきベストプラクティスはいくつか存在します。
以下では、豊かで厚みのあるボーカルセクションを作成する私の定番プロセスをご紹介し、長年の経験から培った便利なボーカルミキシングのテクニックを共有します。
ボーカルレイヤリングの方法
本題に入る前に、ボーカルレイヤリングのプロセスは高音質なボーカル素材から始めることが重要です。
ボーカルを録音する際は、最高の音質で捉えられるようマイクが適切に配置されているかを確認しましょう。ただし、どんなに優れた録音であっても、多少のクリーンアップ作業が必要になる場合があります。これには、ディエッサー、ディプローシブ、そしてマウス・デクリックプラグイン(iZotope RXに搭載されているような機能)の使用が含まれます。また、各ボーカルテイクのタイミング調整やピッチ補正を行い、すべてのボーカルが揃った状態にしておくことも大切です。

このチュートリアルでは、ボーカルの録音とエディットがすでに完了し、レイヤリングの準備が整っていることを前提に進めます。ボーカルをクリアにエディットする方法についてさらに詳しく知りたい場合は、こちらの記事をご覧ください:Vocal Editing 101: Your Guide to High Quality Vocals
ボーカルの準備ができたら、ボーカルレイヤリングの手順をステップごとに見ていきましょう。
1. リードボーカルから始める
ミックスに他のボーカルテイクをどれだけ追加しても常に言葉が明瞭に聴き取れるようにするためにも、まずはリードボーカルから始めるのが基本です。

この例では、現在制作中の「Talking In My Sleep」というトラックから、私自身のボーカルを使用します。
リードボーカルを聴いてみましょう。
後から追加するボーカルレイヤーに埋もれてしまわないよう、リードボーカルはミックスのセンター正面に配置しておくのがよいでしょう。そのため、現段階ではリードボーカルをそのままにしておきます。ここまではとても簡単ですね。
2. ボーカルダブルを作成する
ボーカルダブルとは、シンプルに言えばリードボーカルの複製テイクのことです。レコーディングセッションにおける各ボーカルテイクにはタイミングや歌い回しのわずかな違いがあるため、ダブルを使用することでリードボーカルを強化し、程よい広がりを加えることができます。
複数のダブルがある場合は、1つをわずかに左に、もう1つをわずかに右にパンニングすることを検討してみてください。そして、程よいバランスになるまでミックス内の音量を下げます。あくまでリードボーカルが主役であり、ボーカルダブルは広がりを加える効果として機能させることを意識しましょう。
PRO TIP: ボーカルダブルの素材がない場合でも、iZotopeの無料プラグインVocal Doublerを使用すれば、リードボーカルからダブルを作成できます。

「Talking In My Sleep」のボーカルファイルを確認したところ、ボーカルダブルは1テイクしか録音していませんでした。そこで、そのテイクをプロジェクトのタイムラインに追加し、Vocal Doublerプラグインを通すことで、1つのボーカル録音だけでも同じような広がり効果を得られるようにします。

Vocal Doublerプラグインを通したボーカルダブルのサウンドは以下の通りです:
そして、リードボーカルと一緒に再生したボーカルダブルがこちらです:
3. ハーモニーを追加する
メインのボーカルラインが仕上がったら、次はハーモニーを加えてみましょう。録音済みのハーモニー素材がない場合は、リードボーカルをThe Mouth、VocalSynth 2、またはNectar 4のVoicesモジュールなどのインストゥルメントに通すことで自作できます。最初の2つのプラグインでは、MIDIを使って新しいボーカルメロディを生成したり、好みの雰囲気に合わせて心地よいボコーダーエフェクトを追加したりできます。
Nectar 4のVoicesモジュールを使えば、声部の進行や和声の動きを詳しく学ばなくても、ボーカルプロダクション用の複雑なレイヤーを簡単に作成できます。


今回の記事で扱っているトラックでは、あらかじめ4つの独立したハーモニーを録音してあったので、デモとしてそれらを使用します。セッションファイルにそれらをすべて追加し、リッチで広がりのあるボーカルスタックを実現するために、それぞれのハーモニーに異なる量のパンニングを適用しました。

PRO TIP: セッションファイルに追加する際にトラックの命名と色分けを行っておくと、後のミキシング作業でリード、ダブル、ハーモニーを素早く見分けることができます。
わずかなパンニングと音量の微調整を行うだけで、迫力あるボーカルセクションを驚くほど簡単に作成できます。エフェクトが一切かかっていない完全にドライな状態にもかかわらず、すべてを合わせたボーカルがいかに豊かに響くか聴いてみてください。
4. バックグラウンドボーカルを重ねる
リードボーカル、ボーカルダブル、ハーモニーが整ったところで、バックグラウンドボーカルの要素を加えてミックスにさらなる質感を与えましょう。すべてのトラックにバックグラウンドボーカルが必要なわけではありませんが、KontaktインストゥルメントのVocal Colorsがとても楽しいので、実際に使ってその実力をお見せしたいと思います。

Kontakt用Vocal Colorsライブラリには、人間の声を別次元へと引き上げるプリセットが豊富に収録されています。しかし、このインストゥルメントで最も気に入っているのは、シンプルなモジュレーションホイール1つ(上の画像のUI上部に表示)でほぼすべてのパラメーターを時間経過とともにモジュレーションできる点です。
Vocal Colorsに付属のプリセットのみを使用して作成した、こちらの3つのリフをお聴きください:
お聴きいただければ分かる通り、このライブラリから生まれるサウンドは、特別な調整をしなくても非常にクリアです。上で作成した3つのリフをプロジェクトファイルに配置し、バックグラウンドボーカルの要素として使用しました。

それらのVocal Colorsのリフを加えた、最新のボーカルスタックのサウンドがこちらです:
5. ボーカルエフェクトの追加
次のステップは、ボーカルミックス内の任意のトラックに必要なボーカルエフェクトを追加することです。ここで重要になるのが「意図を持つこと」です。目指している世界観を念頭に置き、不要なエフェクトは追加しないようにしましょう。エフェクトをかけすぎると、ボーカルセクションが濁ってしまう原因になります。
私のデモトラックでは、正直なところエフェクトを過剰にかける必要はないと考えています。バックグラウンドボーカルに使用したVocal Colorsのプリセットには、すでにディレイ、リバーブ、フォルマントシフトのモジュレーションが豊富に組み込まれており、ボーカルミックスに十分な空間と魅力的なテクスチャーをもたらしているからです。
しかし、メインボーカルのラインに空間の広がりを与えるため、ボーカルのダブルやハーモニーにはほんの少しリバーブを加えたいと思います。ボーカルにかけるリバーブは、控えめにするのがベストです(もちろん、次のPhil Collinsを目指しているのでなければの話ですが)。ここでは、非常に濃密なリバーブサウンドを作るのに最適な、お気に入りのリバーブプラグインの1つであるRaumを使用しました。

こちらは、Raumを適用する前のボーカルスタックの音源です。
以下は、ボーカルのダブルと各ハーモニーに「Voice Warmer」というプリセットでRaumを適用した後のボーカルスタックです。Raumを追加する際、ボーカルの明瞭度がリバーブで損なわれないよう、「Mix」ノブを15%までしか上げていない点にご注意ください。
ボーカルリバーブに関する実践的なヒントについて詳しくは、こちらの記事をご覧ください:ボーカルへのリバーブの使い方
この段階で、各種ディストーションプラグイン、ディレイ、またはEQフィルターを自由に追加して、ボーカル全体のサウンドをさらに作り込み、独自のサウンドに仕上げることもできます。
6. レイヤードボーカルをミックスする
Imogen Heapの「Hide and Seek」のカバーを制作しているのでない限り、重ねたボーカルは他の楽器と美しく調和させたいところです。
楽曲ごとにボーカルミックスに必要なアプローチは異なりますが、ボーカルスタックをミックス全体にうまく馴染ませるために、イコライザーやコンプレッサーなどのツールを活用すると良いでしょう。個人的には、ボーカルミキシングにiZotope Nectarを使用するのが気に入っています。AI搭載のVocal Assistant機能がオーディオを聴き取り、ミックスに合わせて最適なレベルやエフェクトを提案してくれるためです。

これまで作成してきたボーカルスタックが完成した楽曲の中でどのように聴こえるのかをイメージできるよう、いくつかのパートを追加しました。
ベースには、Massiveのプリセット(Concrete Sun Expansion Pack収録の「Kirin Bass」)を使用しました。また、ストリングスとピアノにはそれぞれ、Stradivari CelloとNOIREというKontaktインストゥルメントライブラリを使用しています。最後に、トラックの最終的なアレンジを仕上げるため、Lunar Echoes Expansion Packからパーカッシブな要素をいくつか加えました。
ボーカルレイヤリングを始めましょう
ボーカルのレイヤリングはまさにアートですが、すぐに習得できるテクニックでもあります。適切なツール(そしてボーカル素材)があれば、あらゆるジャンルでダイナミックかつ豊かなボーカルスタックを作成できることが、このチュートリアルを通してお分かりいただけたかと思います。ぜひ実際に試してみてください。
この記事では主に現代の楽曲に向けたボーカルミックスのテクニックに焦点を当てましたが、映画音楽におけるボーカルの活用法についての有益な情報をお探しの場合は、ブログ記事「How to Score with Vocals: Top tips for composers」もぜひチェックしてみてください。