イマーシブオーディオは、私たちの音楽の聴き方を変えつつあります。しかし、オーディオエンジニア、講師、博士号研究者であるMarcela Rada氏(The Immersive Lounge:TIL)にとっては、そもそも私たちがどのように音楽を作るかをも変えるものです。彼女にとって、それはソングライティング、アレンジ、レコーディング技術、さらにはアーティスト自身の作品に対する聴き方さえも変えるクリエイティブなフレームワークなのです。
今回のインタビューでは、Marcela氏がイマーシブ制作への実践的でアーティストファーストなアプローチ、7.1.4環境でのクリティカルリスニングが重要な理由、そしてヘッドホン、サウンドバー、カーステレオ、マルチスピーカー環境で破綻なく再現(トランスレーション)させるミックス手法について語ってくれました。
目次
- イマーシブオーディオが作編曲において新たなクリエイティブの可能性を切り拓く理由
- 7.1.4でのクリティカルリスニングがアーティストの視点を変えるとMarcela氏が考える理由
- イマーシブを見据えたトラッキングで変化するレコーディングワークフロー
- ミキサーがDolby Atmosについて考えるべきこと
- コストのかかる失敗を避けるためのMarcela氏のアドバイス
- ベッドルームプロデューサーが今日からイマーシブを始める方法
- イマーシブオーディオにコミュニティと知識の共有が不可欠な理由
さらに、音源分離のためのiZotope RXの活用法、よくある誤解、そしてThe Immersive Loungeが知識のギャップをどのように埋めようとしているかについても取り上げます。
イマーシブオーディオ向けの作曲で広がるクリエイティブの可能性とは?
イマーシブオーディオは音場を大きく広げ、音楽の着想そのものを変える可能性を秘めています。アーティストは動きや距離感を意識して作業を始めると、自ずとアレンジの見直しやリズム構造の再構築を行うようになります。特に印象に残っているセッションでは、使える空間が非常に広かったため、フルクワイアを取り入れることにしました。派手さを狙ったわけではなく、その空間が音楽にその厚みを持たせることを可能にしてくれたのです。

派手さを狙ったわけではなく、その空間が音楽にその厚みを持たせることを可能にしてくれたのです。
プリプロダクションは発見の場となることがよくあります。このフォーマットで何ができるのかを理解すると、アーティストはイマーシブオーディオを後から付け足すものとしてではなく、最初からそれを想定して楽曲を制作し始めるようになります。
Marcela Radaからのプロのヒント:このフォーマットがどれほどの空間を提供してくれるかを耳にしたら、パレットを広げることを躊躇しないでください。時にはクワイアを追加するといった大胆なアプローチを意味することもありますが、それが素晴らしい効果を生み出すこともあるのです。
7.1.4でのクリティカルリスニングはアーティストの視点をどう変えるか?
キャリブレーションされた7.1.4の部屋やヘッドホンでアーティストと行うリスニングセッションは、非常にエキサイティングなプロセスです。これは音楽制作において私が大好きなステージのひとつです。アーティストのジャンルにおけるAtmosのリファレンスを比較し、前後やリスナーの頭上の垂直面といった空間認識にフォーカスするのがとても気に入っています。
通常、アーティストはハイト情報などを耳にすると、何が頭上に位置し、何が動き、何が固定されるかといった体験そのものを再設計し始めます。
それは360度の音場であり、さまざまな点でステレオとは異なります。例えば、ミックス内で各周波数がスペースを取り合うことがなくなるため、マスキングをそれほど気にする必要がなくなります。
Marcela Radaからのプロのヒント:プリプロダクションの段階で、キャリブレーションされた部屋でじっくりとクリティカルリスニングを行ってみてください。レコーディングが始まる前に、アーティストが自身の音楽をこれまでとは違った視点でイメージするのに役立ちます。
イマーシブセッションではレコーディングワークフローはどう異なるか?
TILでは、レコーディング中に7.1.4でモニタリングするため、定位の決定(ミックス内の要素の配置決め)は最初のテイクから行われます。マイク戦略はプロジェクトによって異なりますが、2つの原則があります:
- 部屋の響きを捉えること。初期反射やアンビエンスを収音するマイクアレイは、後にヘッドホンで聴くリスナーにとって音を頭外定位させる(つまり、頭の中ではなく部屋の中で鳴っているように感じさせる)のに役立ちます。
- 可能な限り音源を分離すること。ギターを左端の中ほどの高さに、ボーカルを中央に配置することがすでに分かっている場合、アイソレーション(個別録音)を行っておくことでミックスでの自由度が高まります。ステレオプロジェクトからステムが送られてくる場合は、音源分離ツールが大いに役立ちます。

空間配置を行う前にボーカル、ドラム、楽器を個別に分離する手段として、iZotope RXのステム分離のようなツールが定番として活躍します。
Marcela Radaからのプロのヒント:レコーディングの際には、常に音源を分離して録音することを心がけましょう。後の作業時間を節約でき、定位もより正確になります。後からオーディオを分離する必要がある場合は、RXが優れた選択肢となります。
ミキサーが知っておくべきDolby Atmos、ベッドとオブジェクトの違い、ミックスの再現性とは?
イマーシブを始めたばかりのエンジニアにとって重要な違いのひとつは、ベッドとオブジェクトの使い分けです。Atmosのベッドは7.1.2に制限されているため、アンビエンスやルームマイクなどの静的な要素に最適です。一方で、移動させたり、ピンポイントに配置したり、高さ方向のエネルギーを強調したい要素はオブジェクトにするべきです。オブジェクトはスピーカーレイアウトに依存しないため、異なる再生環境間でもアーティストの意図がしっかりと伝わります。
また、トランスレーション(様々な環境での再現性)についてどれだけ考える必要があるかという点も驚かれることでしょう。ミックスはひとつの部屋だけで再生されるわけではありません。バイノーラル、ステレオフォールドダウン、サウンドバー、カーステレオ、マルチスピーカー環境など、あらゆるシステムで破綻なく鳴る必要があります。固定されたベッドトラックに比べ、通常オブジェクトの方がこれら各種フォーマット間での再現性を予測しやすくなります。
また、大半の時間をヘッドホンでの作業に費やしたくなるかもしれませんが、最終納品の前に必ずスピーカーで確認するようにしましょう。ヘッドホンはミキシングに優れていますが、ミックスが空間の中でどのように息づいているかはスピーカーの方が明確に現れます。
Marcela Radaからのプロのヒント:動く要素や正確な配置が必要な要素にはオブジェクトを使い、アンビエンスや反射音はベッドに収めるようにしましょう。
イマーシブオーディオにおいてインディペンデントアーティストが直面する壁と、その解決策とは?
私の考えでは、最大の障壁は知識のギャップです。例えば、多くのインディペンデントアーティストが、2つのミックス(ステレオとAtmos)の料金を支払わなければならないと思い込んでいます。まずはDolby Atmosミックスから始め、そこからステレオバージョンをレンダリングしましょう。マスタリングの要件は異なるかもしれませんが、2つの独立したバージョンのために並行してミックスの予算を用意したり、承認作業を行ったりする必要はありません。

Marcela Radaからのプロのヒント:イマーシブオーディオに取り組む場合、2つのミックスにお金を払う必要はありません。Atmosから始めて、そこからステレオをレンダリングしましょう。
ベッドルームプロデューサーが今日からイマーシブを始めることは可能か、その際に知っておくべきこととは?
もちろん可能です。DAWでDolby Atmosをオンにし(Logic Proが最も手軽に始められます)、音場内に要素を配置して、ヘッドホンを使ってバイノーラルでモニタリングするだけです。制作や学習の段階であれば、それだけで十分です。ミキシングについては、最終仕上げを行う前にスピーカー環境で確認しましょう。
イマーシブオーディオについては常に様々な誤解を耳にするため、これから始める皆さんの役に立つよう、いくつか説明させてください。
「未来の技術だ」とよく言われますが、実際にはすでに定着しています。Apple Music、Amazon Music、TIDALなどでは、現在すでに膨大なカタログが提供されています。
もうひとつのよくある誤解は、特別なヘッドホンが必要だというものです。そんなことはありません。どんなヘッドホンでもバイノーラルモニタリングは可能です。もちろん、Apple MusicとAirPodsのようにプラットフォームに最適化された機器を使用すれば追加機能を利用できることもありますが、必須ではありません。
そして最後に、Atmosリミックスにすれば自動的に音が良くなると考える人もいます。しかし、必ずしもそうとは限りません。ステレオ向けに作られた楽曲であれば、ステレオで聴くのが一番素晴らしい場合もあります。イマーシブが真価を発揮するのは、最初からイマーシブ向けに設計されているときです。
Marcela Radaからのプロのヒント:イマーシブにしたからといって自動的に良くなるわけではないということを覚えておいてください。そのフォーマットに合わせて作られてこそ真価を発揮します。
イマーシブオーディオの発展にコミュニティ形成が不可欠な理由とは?
私の博士号研究は、イマーシブ制作に関する知識の民主化をテーマにしています。現在、多くの要件やベストプラクティスは、レーベルやデベロッパー、一握りのエンジニアといった非常に限定されたコミュニティ内に留まっています。私は誰もがアクセスできるワークフローやガイドラインを公開し、より多くのミキサーやアーティストが高いレベルで作業できるようにしたいと考えています。
それこそが、私たちがThe Immersive Loungeでリソースを構築している理由でもあります。入門動画、月刊ニュースレター、チュートリアル、そして楽曲をリリースしています。結局のところ、聴くべき音楽があってこそ技術に意味があるからです。アーティストがイマーシブオーディオで作品を作らなければ、ツールも再生機器も意味を成しません。
Marcela Radaからのプロのヒント:イマーシブ向けに制作された音楽やコンテンツがなければ、技術はその目的を失ってしまいます。アーティスト自身が牽引していかなければなりません。
まとめ
Marcela Rada氏のイマーシブオーディオへのアプローチは、このフォーマットが最初の試聴時から音楽について新たな視点で考える手段であることを示しています。アーティストにクリティカルリスニングを定着させ、空間を意識したレコーディングを促し、あらゆる環境で再現性の高いミックスを追求することで、彼女はイマーシブを身近でアーティスト主導のものにしています。
洞察を共有し、イマーシブが技術的な正確さだけでなくクリエイティブな想像力にも満ちたものであることを示してくれたMarcela氏に心から感謝します。